東京地方裁判所 昭和23年(ワ)204号 判決
原告 遠藤仁三郎
被告 国
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し四百二十六万七千四百五十五円及びこれに対する昭和二十三年一月十三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支拂え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める旨申立て、その請求の原因として、
被告国は、今次大戰の終了後国内に隱退藏されている、重要物資を調査発見して、重要産業の生産資材に充てる等国民の緊急需要に供する目的達成のための一手段として昭和二十二年八月二日の毎日新聞及び同年九月十八日の朝日新聞を始め、全国各種の新聞紙をもつて国が法令の範囲内で摘発活用し得る国内の一切の遊休物資について、民間人が情報を提供し、その情報に基いて、被告が隱退藏物資を現実に発見した場合には被告はその情報提供者に対して、隱退藏物資の品目数量を確認した当時における当該物資の公定價格を算定し、その價格千万円までについては一割、千万円を超え二千万円までについては八分、二千万円を超える部分については五分の各割合による報償金を支拂う旨の懸賞廣告をした。即ち被告は、同年八月一日の閣議で、(一)民間人の情報によつて潜在物資を発見した時は、情報提供者に報償金を交付することができる。(二)報償金の額は潜在物資確認の時の当該物資の最終段階の統制額の二割に相当する額以内とする。という決定をし、この閣議決定は、同日政府から内閣詰の新聞記者団に発表され、同月二日右閣議決定に関する記事が毎日新聞に掲載されたが次で被告はこの閣議決定に基き、右施策の実施機関として、経済安定本部に、中央物資活用委員会を設置し、同委員会は、民間人の情報提供者に対して、摘発物資の最終統制額を算定し、その價額千万円までは一割、千万円を超え二千万円までは八分、二千万円を超える部分については五分の各割合による報償金を支拂う旨の報償金支拂に関する基準等前記閣議決定の実施細目を決定し、この委員会の決定は同年九月十七日経済安定本部の係官から同本部詰の全国各社の新聞記者に発表され、これに基いて翌十八日朝日新聞を始め全国各社の新聞は一斉に右閣議並びに委員会の決定に関する記事を掲載したが、被告は別段これに対し右記事の差止め又はこれを取消すための措置を講じて居らないのであつて、これは被告が、前記閣議及び中央物資活用委員会の決定の前記條項を各新聞社の記者に発表し、これ等の記事をその新聞に掲載せしめることによつて前記の趣旨の懸賞廣告をしたものに外ならない。
そこで原告は、予て、訴外宮田慶三郎が東京都板橋区志村中台町百九十二番地石原合金工業株式会社の敷地内の土中に銀分九十五%銅分五%の電線三十瓲同区常盤台四丁目二十九番地石原栄治方床下に同じく銀分九十五%銅分五%の電線十瓲がいずれも無届で隱匿されている事実を聞き及んでいたので、被告の前記懸賞廣告に應ずる意図の下に同年九月二十日当時の衆議院隱退藏物資等に関する特別委員会の委員長加藤勘十に対し、右の事実を通告したが、同委員長はこの旨を被告の機関である経済安定本部に連絡した。かくて原告は被告に対し右衆議院隱退藏物資等に関する特別委員会の委員長を通じて前記潜在物資に関する情報の提供をした次第であるが、同年九月二十五日経済安定本部は係官を現場に派遣し、その結果少くとも、純銀分二十五瓲六百八十四瓩八百五十六瓦を含有する電線を発見した。よつてこれに対する当時の最終統制價格一瓩二千七百円の割合で算定した六千九百三十四万九千百十一円に対し前記懸賞廣告の報償金支拂基準によつて算出した、四百二十六万七千四百五十五円及これに対する右金員の支拂を催告後二週間の猶予期間をもつて催告した書状が被告に送達された同年十二月二十九日から二週間を経過した日の翌日である昭和二十三年一月十三日以降完済まで年五分の割合による法定の遅延損害金の支拂を求めるため本訴請求に及んだと述べ、
被告の抗弁に対する答弁として被告が抗弁として、主張する事実中終戰当時訴外東洋工機株式会社が被告に対して原告主張のような債権を有していたが同会社が昭和二十年八月三十日頃右債権の代物弁済として本件物資の所有権を取得したとの事実はこれを認めないが其の余の事実は認める。しかしながら中央物資活用委員会が決定した隱退藏物資調査処理要綱の定めるところは、隱退藏物資が民間人の情報提供によつて、摘発発見された場合に政府の担当行政機関がどのような手続によつてこれを取扱い処理するかということを定めた行政機関の取扱手続の準則を定めたものであつて、被告が国民一般に対してした、本件懸賞廣告の意思表示の内容はこのような政府内部の行政上の準則とは直接の関係はない。
仮りに右要綱に定めるところが本件懸賞廣告の意思表示の内容をなすものであるとしても、本件潜在物資は電流を通ずることを目的として製造された銀線であつて、右要綱が取扱物資として定めている隱退藏物資等緊急措置令の指定物資である電線及び指定生産資材在庫調整規則(昭和二十二年一月二十五日商工農林省令第二号)別表に掲げられた電線の双方に該当するものである。又前記のように終戰当時訴外東洋工機株式会社が被告に対して原告主張のような債権を有しており同会社が右債権の代物弁済として本件物資の所有権を取得したような事実はないのであつて、訴外不二越鋼材株式会社が軍のために保管中であつた本件物資を同会社東京工場の工場長兼訴外東洋工機株式会社の取締役であつた訴外宮田慶三郎が終戰後の混乱に乗じ昭和二十年九月初旬頃恣に多数の人夫を使役して牛車。荷馬車等に積み込み前記東京都板橋区志村中台町百九十二番地の石原栄治方に隱匿横領していたもので右物資の所有権は被告に属するものであり、又若し仮りに右東洋工機株式会社が被告に対して原告の主張するような債権を有していたとしても、同会社と被告との間に本件物資を右債権の代物弁済として右会社が受領するという代物弁済契約の成立したのは昭和二十年八月二十八日の閣議決定「軍其ノ他ノ保有スル軍需用保有物資資材ノ緊急処分ノ件」の発せられる以前であり、右代物弁済契約はその後発せられた右閣議決定によつてその効力を失つたから本件物資の所有権は結局依然国に属しており産業公団による本件物資の買上を必要としないと述べた。<立証省略>
被告指定代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、原告の請求原因に対する答弁として、昭和二十二年八月一日政府が潜在物資の摘発について、原告主張のような閣議決定をし、次で右閣議決定に基いて経済安定本部に中央物資活用委員会が設置され、その実施細則として原告主張のような報償金支拂の基準を定めたこと、このような閣議決定並びに右委員会の決定を政府が全国各新聞社の記者に発表し、同年八月二日の毎日新聞及び同年九月十八日の朝日新聞を始め全国各社の新聞紙上に原告主張のような新聞記事が掲載され被告が別段その記事の差止め又は取消の措置をとらなかつたこと、原告がその主張のような経過によつて、本件物資に関する情報を被告に提供し、その情報に基き、経済安定本部の係官がその主張の日時に現場を調査した結果右物資の一部を発見したこと、若し原告主張のような報償金を支拂う義務があるものと仮定し且つ右物資の数量が原告主張のような数量であるとすればその報償金算定の基礎である統制額並にこれに基いて算定される報償金の金額が原告主張のような金額であること及び原告主張の年月日にその主張のような催告書が到達したことは認めるが、発見された物資の数量が原告主張のような数量であることは認めない。又原告主張のような閣議決定がなされ、又その閣議決定に基いて中央物資活用委員会がその施策実施に関する細目の決定をし、且つ、これ等の決定が全国の新聞紙上に掲載され、被告がこれに対して別段差止め、又は取消の措置を執らなかつたことを目して、被告が原告主張のような懸賞廣告の意思表示がなされたと解することはできない。即ち昭和二十二年八月一日の閣議決定は單に(一)民間人の情報によつて潜在物資を発見したときは、情報提供者に報償金を交付することができる。(二)報償金の額は潜在物資確認のときにおける当該物資の最終段階の統制額の二割に相当する額以内とするというのであつてその取扱物資についても、又報償金の額についてもその基準が判然としていない甚だその内容が漠然とした抽象的な決定に過ぎないのであつて、そのままでは直ちに実施に移すことができない性質のものであり、これは單なる政府部内における施策の計画案たる性質を有するにすぎないのである。然るに右閣議決定は、原告が主張するように、この決定に基いて、経済安定本部に中央物資活用委員会が設置され、同委員会が昭和二十二年九月十三日隱退藏物資調査処理要綱を定めて右施策の実行細目を決定することによつてはじめてこれを実施に移すことができる程度に具体化され、こゝに被告としての右施策に関する意思内容が確定された次第であるが、この被告の意思決定は、今次大戰の終了後国内に隱退藏されている重要物資を調査発見して重要産業の生産資材に充てる等国民の緊急需要に供する目的達成の施策に関して国の行政官廳が執るべき行政的準則、即ち如何なる物資をその取扱の対象とし又如何なる行政機関が如何なる手続によつて報償金の支拂をするか等の行政機関の遵るべき準則を定めたのに過ぎないのであつて、相手方である国民がこれに対する受益の意思表示をした場合これによつて被告が法律的な義務を負担するという意味においての意思表示の内容即ち懸賞廣告の申込としての意思表示の内容を確定したものではない。從つて偶々未だ具体的にその内容が確定していない前記閣議決定や行政準則たる性質を有する前記隱退藏物資調査処理要綱の一部が全国の各新聞紙上に掲載されたからといつて被告が原告の主張するような懸賞廣告の意思表示をしたということはできない。且つ又被告が右閣議決定や要綱を新聞記者に発表し、記事の差止め乃至取消の措置に出なかつたからといつて、その行爲を目して懸賞廣告に必要な表示行爲があつたと言うことはできない。と述べ、
抗弁として、仮りに国が右のような意思決定をしたこと、及びこれが新聞紙上に掲載されたことを目して国が一種の懸賞廣告の意思表示をしたものであると仮定しても、前記のように、昭和二十二年八月一日の閣議決定は、政府施策に関する計画案であつて、具体的に確定した内容をもつた意思決定ではなく、これに関して被告としての意思内容が確定されたのは前記中央物資活用委員会が隱退藏物資調査処理要綱を決定した時であると解すべきであるから原告が本件について報償金を請求する権利を主張するについては右要綱に定められたところに從つて受益のための指定行爲を完了したことを必要とする。しかるに原告は次に述べる理由によつて右要綱に定めるところに從つて指定行爲を完了したということができない。即ち、
(一) 右要綱によれば摘発の対象として取扱われる物資は隱匿物資等緊急措置令の調査物資及び指定物資並に指定生産資材在庫調整規則(昭和二十二年一月二十五日商工農林省令第二号)の別表に掲げる物資に限定されており、電線は隱匿物資等緊急措置令の指定物資であると同時に指定生産資材在庫調整規則の別表に掲げられた物資であるが、ここにいう電線とは電流を通ずることを目的として製造された銅線を指すのであつて、銀線や鉄線はたとえそれが電流を通ずることを目的として製造されたものであつても隱退藏物資等緊急措置令及び指定生産資材在庫調整規則の解釈としては、これを銀或は鉄の地金と解すべきであつて、電線と理解すべきものでなく而して銀の地金は右隱退藏物資等緊急措置令の調査物資或は指定物資又は指定生産資材調整規則の別表に掲げられた物資のいづれの物資にも該当しないから、本件物資は取扱物資の範囲外のものである。
このことは銀線にエナメルの被覆加工を施した物についても同様であるが、仮りにこのような被覆加工が施されたものはこれを電線と解するとしても本件電線中被覆加工の施されたものはその一部に過ぎない。
(二) 次に前記要綱によれば、民間人の情報提供に基く調査の結果隱退藏物資を発見し、且つ産業公団においてこれを買上げた時に被告は当該情報提供者に対して報償金の支拂ができる旨規定しているが、本件においては、原告の情報に基いて被告は現場で銀線の一部を発見したけれどもその調査摘発を完了しないうちに進駐軍に本件物資を接收されて、右要綱に定める所定の手続を終つていないのである。即ち本件銀線は元來訴外不二越鋼材株式会社が軍からの保有資材保管の命令を受けて軍のために保管中のものであつたのであるが右不二趣鋼材株式会社の下請工場である訴外東洋工機株式会社は終戰当時軍から直接製作を請負つた電源二千六百個の代金等として被告に対して百八十九万二千百七十五万円の債権を有していたので、被告と東洋工機株式会社とは合意の上東洋工機株式会社は被告に対する右債権の代物弁済として本件物資を受領することとし昭和二十年八月三十日頃その決済を了し、その後東洋工機株式会社の取締役である訴外宮田慶三郎が右物資を前記不二越鋼材株式会社の東京都板橋区練馬支田町東京工場から同区志村中台町百九十二番地の石原合金工業株式会社の敷地内及同区常盤台四丁目二十九番地石原栄治方に保管中のものであつたのであつて本件物資の所有権は右東洋工機株式会社に属するものであるが、前記の如く調査摘発の中途において進駐軍に接收され産業公団は右会社からの買上の手続を了していないのである。
又若し仮りに本件物資の所有権が前記代物弁済契約によつて右東洋工機株式会社に移轉することなく依然被告に属するものであり、從つて公団による買上の手続を要しないものであるとしても前記要綱の條項によつて被告が報償金の支拂ができるのは摘発物資が現実に産業公団に引渡された後であると解すべきところ前記のように本件物資は摘発の中途において進駐軍に接收され右公団に対する引渡が行われていない。
と述べた。<立証省略>
三、理 由
昭和二十二年八月一日の閣議で(一)民間人の情報によつて潜在物資を発見したときは、情報提供者に報償金を交付することができる。(二)報償金の額は、潜在物資確認の時の当該物資の最終段階の統制額の二割に相当する額以内とする。という趣旨の決定がなされ、この閣議決定は同日政府から内閣詰の新聞記者団に発表され、これに基いて毎日新聞に右閣議決定に関する記事が掲げられ、次で政府の右閣議決定に基いて経済安定本部に中央物資活用委員会が設置され、同委員会は、前記報償金支拂の細目として摘発物資の最終統制額を算定し、その價格千万円までは一割、千万円を超え二千万円までは八分、二千万円を超える部分については五分の各割合による金額を報償金として支拂う旨を定めたが、同年九月十七日経済安定本部の係官は右の趣旨を同本部詰の新聞記者団に発表し、これによつて翌十八日の朝日新聞をはじめ、全国各新聞社の新聞紙上には前記閣議決定並に、右中央物資活用委員会の決定に関する記事が掲載され、而して被告は右閣議決定並に中央物資活用委員会の決定に関する記事について、これを差止め若しくは取消すことについて、別段の措置を講じていないことについては当事者間に爭のないところである。よつて、閣議及び中央物資活用委員会がそれぞれ、右のような決定をし、次いでこれ等の決定が新聞紙上に掲載され、被告がこれに対して別段差止め乃至取消の手段を講じていないことをもつて被告が原告の主張するような懸賞廣告の意思表示をしたものであるかどうかについて判断する。
惟うに、懸賞廣告とは一定の指定行爲をした者に対して一定の報償を與える旨の意思表示であり、而して、昭和二十二年八月一日の閣議では、(一)民間人の情報によつて潜在物資を発見したときは、情報提供者に報償金を交付することができる。(二)報償金の額は潜在物資確認の時の当該物資の最終段階の統制額の二割に相当する額以内とする。という決定がされ、その閣議決定に基いて経済安定本部に中央物資活用委員会が設置されたことは当事者間に爭のないところであり、成立に爭のない乙第一号証によれば右中央物資活用委員会は、右閣議決定の実施細目として、右閣議決定にいう潜在物資の範囲を隱匿物資等緊急措置令の調査物資及び指定物資並に指定生産資材在庫調整規則の別表に掲げる物資であつて、(一)右緊急措置令第三條第一項に規定する譲渡命令の対象となる物資、(二)右在庫調整規則第五條第一項に規定する過剰指定資材であつて、未だ活用の途の採られていない物資、(三)所有者又は保管者の不明な埋藏その他隱匿せられた物資及び無籍の物資と限定しこれを明確にしたことが認められ、又報償金の額についても同委員会が右閣議によつて決められたところを更に具体化して摘発物資の最終統制額を算定し、その價格の千万円までは一割、千万円を超え二千万円までは八分、二千万円を超える部分については五分と定めたことについては当事者に爭のないところであり、右閣議決定も中央物資活用委員会の決定も共に、一定の指定行爲をした者に対しては一定の報償金を交付するということをその内容とするものであつて、右閣議決定はこれに関する基本的な方針を定めたものであり、右委員会は同閣議決定に基き、その実施細目を定めたもので一見両者共に懸賞廣告における意思表示の要件を具備するものと解せられないでもない。しかしながら、懸賞廣告の意思表示は一定の指定行爲をした者に対して一定の報償を與えることをその意思表示の内容の要件とすると共にその意思表示をすることによつて、当該意思表示をした当事者が指定行爲をした者に対して一定の報償を與えることを法律上の義務として負担するという効果意思を伴うことを要する。しかるに、右閣議決定及び委員会の決定がこのような効果意思の下になされたということを伺うに足る何等の証拠がない。勿論このような効果意思の下にある意思決定がなされたかどうかを判断することは、一つの法律問題であり、單なる事実の問題と解すべきでなく被告の実際上の主観的意思の如何にかかわらず、外部にあらわれた被告の意思を客観的に判断して決定すべきところであり、而して原告が被告にこのような効果意思ありとして主張する所以は、被告が右閣議決定及び委員会の決定を内閣及び経済安定本部詰の新聞記者団に発表し、その一部が全国各社の新聞紙上に掲載されたが被告は敢て同記事の差止め乃至取消の手段を採らなかつたという点にあつて、この事実は当事者間に爭のないところであるが、政府機関の行う所謂新聞発表は、政府の行う施策を一般社会に周知せしめる一つの方法として、日常行われているところであり、仮令この新聞発表に基いて、全国各社の新聞紙上にこれに関する新聞記事が掲載され、被告がその記事の差止め乃至取消の手段を講じなかつたとしても、このような発表方法から直ちに被告の前記のような効果意思を汲みとることはできないのであつて、そのためには被告がその意思決定の発表手段として特に新聞紙の廣告欄を利用したというような右の効果意思を窺知するに足るだけの事実がなければならないのである。又若し被告にこのような効果意思があつたとするならば、この施策の実施に当りその実施細目の決定をした中央物資活用委員会は、当然これを如何なる方法で発表するかについて発表方法の決定をもなした筈であると考えられるが、この点について、同委員会がその方法を定めたことを認めることのできる何等の証拠もない。尚又原告が本件懸賞廣告において、その懸賞廣告の申込の意思表示の内容として主張するところは、全国各社の新聞紙上に掲載されたところ即ち前記昭和二十二年八月一日の閣議決定並びに中央物資活用委員会の決定の各一部であつて、右意思表示によれば、懸賞の対象となる物資は右閣議決定に所謂「潜在物資」となり、報償の額は右委員会の決定によつて定める基準に從うことになる筋合であるが。右閣議決定は、爾後における実施細則の決定によつて始めて実施が可能となる施策の計画案であつて、それ自身は未だ確定した具体的内容をもつ決定ということができない。そのことは、その定める報償額に関する定めが最終段階における統制額の二割以内というような甚だ漠然とした定めをしており、それが爾後の右委員会の決定によつて、摘発物資の最終統制額を算定しその價格の千万円までは一割、千万円を超え二千万円までは八分、二千万円を超える部分については五分と定められ始めて確定されたことによつても明かであり、從つて対象物資についても、爾後における実施細則の決定によつてその範囲が明確にされることを前提として、右閣議決定は、「潜在物資」というような隱退藏物資等緊急措置令や指定物資並に指定生産資材在庫調整規則等にもその用例を見ない漠然とした用語を用いているのであつて、若しこの潜在物資という言葉をそのままに一つの意思表示の内容として解釈すれば、原告が主張するように政府が調査摘発することができる一切の物資というような誠に無理な解釈をしなければならないのであつて、このような漠然とした事項をその内容とする意思決定は、未だもつて如何なる事項をもつて法律上の効果あらしめんとするかという点についての意思の決定を欠くものとして意思表示としての價値を有しないものと言わなければならない。これを要するに、昭和二十二年八月一日の閣議決定は、今次大戰の終局後隱退藏されている重要物資を調査摘発して、これを国内の需要に供せんとする一つの施策案を決定したものであり、この閣議に基いて設置された中央物資活用委員会の決定は、右の施策を実施するについての実行細則であるが、それは、政府の担当行政機関が右施策を実施するについてその行政準則を定めたものと解すべきであつて、共に国民に対する懸賞廣告としての効果意思をそのうちに含まず、又原告が右懸賞廣告の申込として主張する新聞紙の記事は、その内容が漠然として確定し得ないという点からもこれを目して懸賞廣告の意思表示と解することができない。
加うるに、いうまでもなく意思表示が意思表示として法律上の効果を生ずるためには、これを表示するための表示行爲を必要とするのであり、而して本件において原告がその表示行爲として主張するところは政府機関による前記新聞記者団に対する所謂新聞発表と、被告がその新聞発表に基く記事の差止め乃至取消の手段を講じなかつたことであるが、その所謂新聞発表の性質が前記のようなものであるとするならば、これをもつて懸賞廣告における表示行爲とするに足らないのであつて、被告の本件行爲には意思表示に必要な表示行爲をも欠くものといわなければならない。
よつて被告の懸賞廣告申込の意思表示をその前提とする原告の本件請求は爾後の判断を俟つまでもなく失当であり、これを棄却すべきであるから訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文のように判決する。
(裁判官 恒田文次 菅野啓藏 村上悦雄)